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映画の評価、感想というより、メモと考察。
2013.11.8



 

 




 

 

ポッターシリーズを改めて見直して、考えたことのまとめ。

ので、とりわけ、映画の評価や感想といったことは書きません。シリーズ通して、ひどくもやもやするものがあるので、それについてまとめていきます。というかメモ。

2013.11.8、死の秘宝パート2まで見終えました。

 

 

 

原作はリアルタイムで読んでいました。読み終えたときは今からすればひどく若かった気がする。今読み返せば新たな発見がたくさんあること、目に見えてわかります。

 

最近映画をすべて見直してひっかかること。それは、「個々のキャラクター」の顕著な人間臭さ。原作読んでた頃はほんとに気がつかなかった。ヒロイズムに隠された自己中心的人間の本性…差別、偏見、愚かさ。表面だけを追っていけば、確かに悪は滅びたし、世界が平和になってめでたしめでたしな物語。おとぎ話として、子供がよむお話としてはこれでいい。

でもふと、大人になって物語に向き合ってみたら、あまりに個々のキャラクターが…勝手すぎる。

ダンブルドアなんてひどいもんだ。グリフィンドール贔屓だしハリー贔屓だし、挙げ句の果てに自分の使命を全うするためにハリーの死という選択をセブルスに託すし。よりによってセブルスに。最終章でセブルスとダンブルドアの関係が明らかにされると、もうそこには、あの、最高の魔法使いダンブルドアという自分の中での絶対は完全に消え失せた。物語の最大の支えだと思わせておきながら突然彼への信頼が削がれてしまった…。

セブルスも教師という立場でありながらあきらかにハリーに対して偏見を持っているし、ハリーに閉心術を教えた時なんかは完全に自分の事情を優先させてた。シリウスも言わずもがな、偏見の塊。小さい頃はただヒーローにみえたのに、今見ればこちらもひどく自己中心的、不完全で独りよがりで危なっかしい存在ということがわかる。正義の味方のミネルバだってグリフィンドール贔屓。今日見た死の秘宝パート2では、「スリザリン生徒を追い出せ」とまで。これは流石に驚いた。リーマスもやっぱり我が強い感じがするし。誰か制止が入らないと暴走もする。子供の時読んだハリーポッターでは、頼れる大人たちのはずだったのに。

 

JKローリングは全く、なぜこのように偏った人物しか登場させないのか。彼女は欠陥小説を書き上げたというのか!とまで考えたところで、もしかしたらと、ようやく一つ思い浮かんだことは、彼女の狙いはそこか、というところ。あえて不完全な人間の心理や社会構造を大きな規模で描き出したのか。彼女のインタビューや構想については特段なにも触れていないからもしかしたらほんとにそういう発言をしてるかもしれないけど私にはわからない。もしそうだとしたら、まんまとはめられたんだなあと思う。

 

魔法使いとマグル

純潔と汚れた血

魔法使いと妖精

ホグワーツの寮わけ

騎士団と死喰い人 

エトセトラ…

 

ごろごろ、差別や偏見のもとが転がっている。

魔法の国では当たり前のように多くの壁が作られていて、そこに住む人々はみんな、それを受け入れている…受け入れているからわからないんだ…

第三者が見て、人間界の私からみて、不快に思う点が。

 

そこが少しもったいないと思う。トム・リドルをただの「敵」としてその像を通過させるにはまだ早いのではないか。なぜダンブルドアを慕う者たちはその像について、闇について、不完全について追求しないのか。

ハリーが少しずつ過去を遡る、いろんなキャラクターにふれることで、そのキャラクターの像が少しずつ見えるようになってくる。シリーズ一本目から最終章まで見て、どれほど人物への見方が変わったか。キャラクターの像を掴むには途方もなく時間がかかる…

 

まるで私が生きる世界と同じ。

JKローリングが描き出した世界は、私たちの住むマグルの世界と同じ。それに。どうしようもない理不尽が凝縮されている。そんな風に感じられた。

 

 

結局作者が言いたかったことはなんだったのか、何を伝えたかったのか…

まだあるんだろうなあ、国語力がないからまだわからない…これから年を重ねてまたこの物語に向き合ったらきっとまた新しい発見があるんだろうな…。考えはじめれば止まらない、こんな膨大な世界を作り上げた作者は、うーん、ありきたりな言葉だけど、すごいと思ってしまう。この物語と向き合うのは決して子供だけではないと、思わせてくれる。

 

原作を見返さないとなーと、ひしひしと感じてる。

小説の良い悪い、映画の良い悪い、関係なく、自分にとって大事な作品です、ハリーポッターは。今回時間をとって見返せてよかった。

 

めも、おわり。